バレエの歴史 20世紀後半 -改変される《白鳥の湖》-

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前回はロシアのバレエ団についてご紹介しましたが、今回は時代の要請により改変が行われたクラシック・バレエの代表作《白鳥の湖》の変遷を中心に、ソ連時代の代表的な振付家をご紹介します。

ハッピーエンド版《白鳥の湖》

ウラジミール・ブルメイステルはクラシック・バレエとリアリズム演劇を融合させた振付家で、スタニラフスキー・システムに深く傾倒した人物です。

スタニラフスキー・システムとは誇張した紋切り型の芝居がかった演技を否定して、内面的な真実に基づいた演技を探究するリアリズム演劇の方法論だよ。今でも多くのハリウッド・スターがこの演劇方法を学んでいるよ。

彼の代表的な業績として、過去のブログで改訂版《白鳥の湖》(1953)でハッピーエンドに変更したことを紹介しましたが、その後他の文献などをあたってみると、結末をハッピーエンドに改変したのは、ブルメイステル版が発表される約30年前、当時ボリショイ・バレエ団のバレエマスターだったアレクサンドル・ゴルスキーという人物だったことがわかりました。

ゴルスキーもまた、スタニラフスキー・システムの影響を受けていて、プティパ版《ドン・キホーテ》を大幅に改変して成功し、現在上演されている《ドン・キホーテ》はほとんどゴルスキー版が基になっています。

そんな彼が《白鳥の湖》(1920)をハッピーエンドに改変したのは、ソ連時代の社会主義政策の影響が伺えます。

1920年といえば1917年にロシア革命が勃発し、1922年にソヴィエト社会主義共和国連邦が成立するまでの、まさに動乱期にあたります。

ソヴィエトの初代教育大臣だったアナトリー・ルナチャルスキーは貴族文化の色濃いバレエを大衆を導くためのプロパンガンダとして利用しようと考えます。

当時の労働者はこれまでバレエを見たことがなく「役者はいつ喋りはじめるんだ?」「歌ったりしないのか?」と囁き合うレベル。大衆をまとめあげるためには複雑な構成を廃して、わかりやすい勧善懲悪の筋立てにする必要があったんだ。

そのような背景から「バレエは幸せでおわるべき」という要請がソ連政府から指示され、ハッピーエンド版の原型が作られました。

ウラジミール・ブルメイステル(1904-71)
アレクサンドル・ゴルスキー(1871-1924)
アナトリー・ルナチャルスキー(1875-1933)

では、ブルメイステルが《白鳥の湖》で行った改変は何かというと、大衆向けに改変された《白鳥の湖》を、より合理的で説得力が増すようにして、芸術作品として完成度を高めたことにあります。

具体的には改変により割愛されていたチャイコフスキーの楽曲を復元して原曲通りの順番に戻し、プロローグにオデット姫が白鳥に変身させられるシーンを追加したり、エピローグでオデット姫が人間の姿に戻り、王子と結ばれるシーンを追加しました。

また、第三幕で披露される民族舞踊の群舞は、悪魔ロッドバルトの手下であるという設定に変更して、大衆には飲み込みづらいディベルスティマンにストーリー上の整合性をつけました。

ブルメイステルによって作品の完成度が増した《白鳥の湖》は日本でも広く受け入れられ、東京バレエ団の公演や多くのバレエ教室の発表会でも上演されています。

正直、僕もダーレン・アロノフスキー監督の映画「ブラック・スワン」(2010)を観るまで《白鳥の湖》はハッピーエンドだと思っていた。子供向けの絵本やバレエ教室の発表会でもハッピーエンド版が多く使われているので、大人がオリジナル版の存在を教えてあげないと僕みたいな人が増えそう。

ユーリー・グリゴローヴィチ
ユーリー・グリゴローヴィチ(1927-)
Kremlin.ru, CC 表示 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5076686による

《白鳥の湖》とは関係ありませんが、20世紀後半を代表するロシアの振付家としてユーリー・グリゴロオーヴィチを紹介します。

1957年プロコフィエフの音楽に振付けた全幕バレエ《石の花》で脚光を浴び、1964年から現在に至るまでボリショイ・バレエ団のバレエ・マスターとしてロシアのバレエを牽引し続けている人物です。

彼の振り付けは女性の支え手から男性ダンサーを解放し、男性主体の作品を作り上げ、また、交響楽的な楽曲と群舞を連鎖させることで場面を表現する新しい振付手法を考案しました。こう言った特徴は、人民大衆が協働して国家の反映を構築するソ連のイデオロギーとも相性が良く、ソ連崩壊後の1995年にバレエ・マスターを退任するも、プーチン政権下の2008年に81歳で再びバレエ・マスターに就任します。

まとめ

ちなみにオリジナルのバッドエンド版《白鳥の湖》はロシア革命の時期に西側に亡命したマリインスキー・バレエ団のバレエ・マスター、ニコライ・セルゲイエフがバッドエンド版《白鳥の湖》の舞踏譜*を持参していたことから、ヨーロッパではバッドエンド版が普及しました。

*バレエの振付を記録した音楽の楽譜のような譜面

《白鳥の湖》はハッピーエンド版から派生した改訂版と、バッドエンド版から派生した改訂版に分かれて現在でも多くの振付家による改訂版が発表されています。

映画や演劇でも改訂を加えながら現在も上演されている作品は数多くありますが、エンディングのオチが変わるという大きな改変がなされた作品は意外と少ないのではないでしょうか?

オリジナルを愛好する人々からのバッシングもあるでしょうし、原作者の意図をねじ曲げることにもなるので、まさにロシア革命という時代が生み出した大きな変化のひとつと見ることができるかもしれません。

翻って、現代もまたクラシックバレエが生まれた時代とは大きく価値観が変わっています。旧来の価値観を受け入れてバレエを愛好している人たちの外側にいる、現代的な価値観を持った人々からバレエがどう映っているのか、改めて検証する必要があるのかもしれません。


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