バレエの歴史 バレエ・リュス編 -5-

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これまでバレエの歴史シリーズでルイ・デュプレなど、「舞踊の神」と呼ばれたダンサーを紹介してきましたが、ワスラフ・ニジンスキーは本人の写真が現存する伝説的な天才ダンサーです。その跳躍力は「空中で静止できる」と神話化されるほどで、実際に踊っている動画が現存しないため、よりミステリアスな魅力に包まれています。

ワスラフ・ニジンスキー -バレエを変えた天才バレエダンサー-

ダンサーとしてのニジンスキー

ニジンスキーは1889年、ウクライナのキエフで生まれます。その才能はペテルブルク帝室舞踊学校の入学時から試験官を驚かし、たちまち帝室バレエ団のスターとなります。しかし帝室劇場の保守的な体質には馴染めず、同性愛者のディアギレフの恋人となり、旗揚げ公園からバレエ・リュスに参加します。

その容姿はルビンシュテインと同様に両性具有的で、《薔薇の精》《シェエラザード》の金の奴隷役などで艶かしい官能性と荒々しい野獣性の両面を表現する演技が絶賛されます。女性ダンサーが中心だった19世紀半ばのヨーロッパにおいて、男性ダンサーを重用したフォーキンの振付とニジンスキーという天才ダンサーの登場で、男性ダンサーの地位は完全に復活します。

振付家としてのニジンスキー

振付家としてのニジンスキーは《牧神の午後》《遊戯》《春の祭典》《ティル・オイレンシュピーゲル》の4作品しか作っていませんが、彼の徹底したバレエ改革は20世紀のバレエに決定的な影響を残しています。

デビュー作《牧神の午後》のあらすじは以下のようなものです。

水浴びにやってきたニンフたちをのぞき見た牧神は、その一人に抱きつこうとするが、ニンフはヴェールを落として逃げてしまう。牧神はそのヴェールの上に伏せて、自慰をして果てる。

これまで「性」を正面から描いたバレエ作品はなかったため、この露骨な性表現は大スキャンダルになります。また、フォーキンの時代には継承されていたダンス・デコールを否定した振付も破壊力がありました。古代の壺の絵から着想したポーズは、添付の画像のように内股にして、腕と手で角張った形を作り、正面を向かずに横顔を観客へ向けて踊りました。

《牧神の午後》(1912)

翌年に発表した《春の祭典》は音楽の面でもスキャンダラスな試みが行われます。作曲家ストラビンスキーと共同執筆した台本は、太陽神へ処女の生贄を捧げる古代ロシアの架空の儀式を描いています。ストラビンスキーの音楽は不協和音を多用する和声、拍子が変化する複雑なリズム、暴力的な管弦楽の咆哮など、非常に前衛的な音楽でした。

今では20世紀音楽の記念碑的作品と評されていますが、当時のパリ・シャンゼリゼ劇場では支持派と反対派が殴り合いを始める暴動に発展するほどの反響を呼びました。

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イーゴリ・ストラビンスキー(1882-1971)
フォーキンの《火の鳥》も作曲している

ところで、バレエの歴史シリーズで参照している海野敏さんの著書「バレエの世界史」では、バレエを「西欧で確立したダンス・デコールと呼ばれる舞踊技法を軸とする芸術志向の強いダンス」と定義しており、それゆえダンス・デコールの習得自体を否定しているイサドラ・ダンカンらの踊りは「モダンダンス」としてバレエと差別化しています。

その点、ニジンスキーの振付はダンス・デコールを習得したダンサーがダンス・デコール以外の動きを交えて踊ることが求められており、バレエの定義自体を拡張するような試みでもありました。

天才ダンサーとして有名なニジンスキーだけど、20世紀以降のバレエ、コンテンポラリーダンスのあり方を決定したという点では、振付家としてのニジンスキーの方が後世に与えた影響は大きかったかもしれない。

まとめ

余談になりますが、ニジンスキーは時の天才コメディアンである、チャールズ・チャップリンとも交流があります。チャップリンの作品「サニー・サイド」では妖精たちとチャップリンが踊るシーンがありますが、一説にはこの踊りは《牧神の午後》から影響を受けたと言われています。

たしかにストーリーの展開は《牧神の午後》と類似した点がありますが、個人的には妖精のギリシャ風チュニックや裸足(っぽい)姿はイサドラ・ダンカンの影響を色濃く感じます。

また、バレエ・リュスが北米を巡業している際にニジンスキーの楽屋を幕間に訪れたチャップリンは、ニジンスキーがあまりに話に夢中になってお客さんを待たせていたため、非常にハラハラしたということを自伝にも書いています。

次回はレオニード・マシーンについてご紹介します!


《2023年10月12日追記》
読者の方からニジンスキー振付による《春の祭典》を復刻上演した映像を教えてもらいました!
映像は1987年に収録されたものです。いかにこれまでのクラシック・バレエと一線を画したものだったのかがよく分かります。

 


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