モダンアートと現代アート -キュビズム展-

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先日、都内で行われている二つのアート展に行ってきました。

ひとつは国立西洋美術館で10月3日にはじまったばかりの「キュビズム展」、もう一つは日本を代表する現代アート集団「Chim↑Pom」と新宿歌舞伎町でホストクラブを運営するSmappa!Groupが、歌舞伎町にある王城ビル(運営は大星商事株式会社)で共同主催したアートイベント「ナラッキー」です。

今回と次回の2回に分けて、この二つのアート展をご紹介します。

パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展—美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ

タイトルが長いので略して「キュビズム展」。キュビズムは今から約100年前に流行したモダンアートの一つで、いまブログで取り扱っている「バレエの歴史 -バレエ・リュス編-」と同時代のものです。

キュビズム展でも美術セットや衣装など、バレエ・リュスの資料が展示されていたよ。

パブロ・ピカソ「アヴィニヨンの娘たち」(1907) *キュビズム展には出展されていません。

キュビズムで有名な作品だとピカソの「アヴィニヨンの娘たち」を思い浮かべる方もいるかもしれません。

キュビズムは被写体を文字通りキューブ(=立方体)など幾何学的な形態に分解し、それらの断片を再構成します。さらに分割された断片の角度を変えることで、さまざまな側面がひとつの絵に収まる不思議な絵画です。

例えば、モデルが正面から横を向いたり、画家がモデルの横に回り込んだり、あるいは太陽が西から東へ移動したりと、空間や時間の動きが1枚の絵に収まるんだ。

パブロ・ピカソ「肘掛け椅子に座る女性」 1910年
 / Legs de M. Georges Salles en 1967 © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Audrey Laurans/Dist. RMN-GP 
ル・コルビジェ「サヴォア邸」(1931年) Omar Omar – http://www.flickr.com/photos/omaromar/9858756/, CC 表示 2.0, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=2795315による

また、細かく分割されたパーツは被写体と背景の境界線を曖昧にします。例えば、故郷の山の風景がガラス面に描かれた絵と、その故郷で好きだった女性の肖像がガラス面に描かれた絵を2枚重ねていると思ってください。これをハンマーで割ると、二つのイメージが一つに重なったような絵が完成します。

キュビズムは後期に入ると、さらに細かく絵の分割が進み、最終的には何をモチーフにしているのか分からないくらい抽象度を増していきます。

ガラスに描かれた絵の例えで言うと、あまりに粉々にしすぎた結果、もう原型がなんだか分からなくなってしまった状態。

第1次大戦を経て、アートの中心地であったパリに集まっていた芸術家たちは世界中に散り散りになります。

この時期には作家の内面性やモチーフよりもそのテクニックのみが残り、合理主義や機械美学と結びつくことで、製品(=プロダクト)にその考え方が継承されていきます。

ここに来てキュビズムはアートからデザインに変わっていったと思う。ル・コルビジェの建築はモダンでカッコいいと思うけど、僕はもう少し人の手触り感がある頃のキュビズムが好き。

まとめ

20世紀初期の芸術家は、はしかにかかったように一度はキュビズムをやると言われるくらい、当時は大流行したキュビズム。その影響は美術界にとどまらず、バレエや建築にも影響を与えました。

その功績に対しては最大のリスペクトを払いますが、今回の展示で感じたごく個人的な感想を最後に書くと、ドイツ表現主義やシュルレアリスムなど、同時代に起きていた様々なモダンアートと比べると、僕はキュビズムはあまり好きになれません

ル・コルビュジエ「静物」 (1922)
/ Don de l’artiste, 1955 © F.L.C. / Adagp, Paris & JASPAR, Tokyo, 2023 C4310 © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Georges Meguerditchian/Dist. RMN-GP
マルク・シャガール「ロシアとロバとその他のものに」(1911)
/ Don de l’artiste en 1953 © ADAGP, Paris &JASPAR. Tokyo, 2023, Chagall® C4310 © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Audrey Laurans/Dist. RMN-GP

ドイツ表現主義やシュルレアリスムが作家の内面を主観的に描こうとした結果の表現だったのに対して、キュビズムはテクニックが先行していたように感じられるからです。有り体にいって、「ワインのボトルをキュビズムで描く」のは、そうした方が新鮮な見えかただったのかもしれませんが、作者にとってボトルをキュビズムで描かなければならない必然のようなものが僕には感じられないのです。

もちろん、キュビズムの作品にも「ゲルニカ」のような重厚なテーマを扱った作品や、シャガールのように作者の内面を描いた作品もあるのですが、ル・コルビジェの建築デザインに継承されていくような流れを見ると、キュビズムはセザンヌの絵に触発された手先の器用な芸術家たちが、その腕前を競う技術くらべだったようにも映ってしまいます。

もちそん洗練された技術や美しさはそれだけで人を魅了しますが、僕が究極的にアートに期待することは、不器用でもその人にしか表現できない世界を体験することなのです。

僕もアートの専門家ではないので、僕が感じたことに対して、何かご意見があればぜひコメント欄やSNSでご意見を聞かせてください。

また、今日紹介できなかった「ナラッキー」は10月15日までの開催です。興味のある方は先に歌舞伎町まで足を運んでいただき、そのあと僕の感想を読んでいただければと思います。


 


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