福田村事件と現在 -後編-

ライムライトの仕事部屋
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前回は映画「福田村事件」についてご紹介しましたが、今回はこの映画の監督である森達也さんの著作「虐殺のスイッチ」をご紹介します。

朝から「虐殺」なんていうコワイ言葉、聞きたくないよね。自分たちが加害者になるのも被害者になるのもゴメンこうむりたいので、気をつけなくちゃいけないポイントを紹介するよ。

森達也とは

「福田村事件」の監督、森達也氏は地下鉄サリン事件の際に唯一、オウム真理教のサティアンに出入りすることが許され、信者やマスコミ、警察などを記録した「A」、事件後のオウム真理教と周辺住民の変化を描いた「A2」というドキュメンタリー映画を発表して話題になった人物です。

あと、「ゴーストライター騒動」で話題になった佐村河内守氏をインタビューした「FAKE」というドキュメンタリー映画も話題になったよ。

彼がオウム真理教のサティアンに入ることを許された理由はシンプルです。それは、彼だけが信者を「カルト教の狂信者」として扱わず、一人の人間として扱ったからです。「A」の中で印象的なのは、堀の外はたくさんのマスコミに囲まれたサティアンの中で暮らす信者たちは狂った人でも、残虐な差別主義者でもなく、優しく善良な人たちだったことです。ここであえて「善良」と書いたのは、彼の作品に通底するテーマが、「人はなぜ優しくて善良なままで人を殺すのか」だからです。そこでキーワードになるのが、「集団化」と「同調圧力」です。

ミルグラム実験

1963年に行われたミルグラム実験という有名な社会心理実験があります。イエール大学で行われたこの実験には一般市民が参加し、設問に対して学生が間違った回答をした場合には電気ショックを与えるよう指示されます。学生は椅子に拘束されており、電気ショックのレバーを押す参加者の部屋にはスピーカーが設置されていて、学生の苦痛を訴える声が聞こえるようになっていました。そして参加者の横には権威者である「教授」が座っています。

参加者がレバーを押すのを躊躇すると横の教授が次のように伝えます。1から4まで促しても、参加者が拒否すれば、実験は放棄されたとみなされます。

1:続けてください、(あるいは)そのまま進めてください。

2:続けてもらわないと実験が成り立ちません。

3:とにかく続けてもらわないと本当に困るんです。

4:ほかに選択の余地はないんです。絶対に続けてください。

ただし、実際には電気は流れていません。学生の苦痛はすべて演技です。

大半の参加者は実験を放棄するだろうと予想されていましたが、結果は予想外でした。最終的には参加者40人中26人(65%)が、心肺停止の危険がある最大電圧の450ボルトまで電圧を上げ続けたのです。この実験は50年後にもポーランドで実施され、16歳〜69歳までの80人のうち90%が電気ショックのボタンを最後まで押し続けました

この実験は別名、アイヒマン・テストととも呼ばれています。

1961年のエルサレムでの裁判中のアイヒマン

アドルフ・アイヒマンはナチスの事務方トップで、彼の指示のもと、多くのユダヤ人がアウシュビッツなどの絶滅収容所に輸送されました。ドイツ敗戦後、身分を隠してアルゼンチンに亡命した彼は妻の結婚記念日に花束を買ったことで身分を特定され、イスラエルの諜報機関モサドに連行されエルサレムで裁判にかけられました。

いかにも中小企業の中間管理職にいそうな地味な風貌の彼は、裁判で「命令されたから」を繰り返すばかりで、悪辣さはどこにもありません。ナチス政権下のドイツにおいて、アイヒマンは命令に従っただけで、違法行為を犯していません。

「虐殺のスイッチ」では、エルサレム裁判の傍聴席にいたドイツ系ユダヤ人で哲学者ハンナ・アレントが、アイヒマンが訴追される理由について述べたことを次のようにまとめています。

アレントが(アイヒマンが絞首されねばならない)「その唯一の理由」としたことは、「多くの人の殺害に関与したから」ではなく、(中略)法と秩序を破壊して、世界に住むべき人を選択できると思い込んだナチスという政治体系に従属して指示に従ったことである。
※森達也(著)「虐殺のスイッチ」

死刑判決が確定した彼は、イスラエル警察の取調べに対し、次の言葉を残しています。

私の罪は従順だったことだ

まとめ

ミルグラム実験は、アイヒマンのように結婚記念日に妻を喜ばせようと花束を買う優しい人間が、一定の環境に置かれると明らかに人を殺める可能性がある指示にさえ従ってしまうことがあることを示しています。

人間は集団で生きる生き物です。一人暮らしの人も社会で暮らす限り、どこかで人と繋がっています。一人ではできない仕事も、集団でかかればできることがあります。戦後日本は、集団化により大きく発展してきました。身を粉にして人のために働くことは、日本人の美徳でもありました。

一方で日本の自殺者は年2万人*を超え、社会の歪みも生まれています。福田村事件も地下鉄サリン事件も、故ジャニー喜多川氏による性加害が長年に渡り隠蔽されてきたのも、集団化と同調圧力がその一因になっている気がします。

*厚生労働省による調査で自殺者は21,881人(2022)。WHOによる調査では世界14位(2016年)

個人的には、ひとつのコミュニティで生きると内部の同調圧力に流されてしまうので、異なる価値観の複数のコミュニティを行き来できるような生き方が良いのではないかと思います。

自分とは異なる価値観のコミュニティに飛び込み、まずは知ることからはじめる。それが森達也氏の一貫した態度です。


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