印象派とパリ・オペラ座 -1-

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日本人って、印象派の絵が好きですよね?
全国で定期的に印象派展が開催されているし、モネの睡蓮は東京の国立西洋美術館で常設展示されています。

クロード・モネ「睡蓮」(w.1683)1906年

みんなが知ってる、印象派の絵。

印象派の絵の特徴は、それまでの絵画は対象を客観的に描くことを目指していたのに対して、画家が主観的に感じた印象(Impression)を表現することを目指している点にあります。

キラキラした光の揺らぎや鮮やかな色彩、輪郭のハッキリしない線も、画家が感じたフィーリングってワケね。

また、印象派の絵画は屋外で描かれたものが多く、モチーフも日常的な風景や一般市民が使われていて、これまでの西洋絵画よりも日本人にとって身近に感じられるのではないでしょうか?

そんな印象派が大好きな日本人の中でも、とくにバレエ関係者はエドガー・ドガがいるから印象派が好きなんじゃないでしょうか?

その根拠となる絵がこちら。

エドガー・ドガの「エトワールまたは舞台の踊り子」です。ドガは「踊り子の画家」と呼ばれるくらい、踊り子を数多く描いてきた画家です。

ん?なんかヘンなの、写っていない?

エドガー・ドガ『エトワールまたは舞台の踊り子』(1878年頃)

あと、バレエ教室でよく見る絵がこれ。

エドガー・ドガ『舞台のバレエ稽古』(1874)

んん?誰これ?

よく見ると、このふたつの絵に出演者っぽくない男性が描かれていますね。「舞台のバレエ稽古」の左側のおじさんは指揮棒を振っているような仕草をしているので、おそらく振付家か音楽監督でしょう。でも右側の二人はあからさまに態度悪いですよね。

この人物が誰なのかということは、当時のフランスでのバレエの状況を理解しておく必要があります。

フランス革命によって大衆化したロマンティック・バレエの行方

1789年のフランス革命によってバレエは王侯貴族のものから庶民のものへと移り、19世紀前半は「ロマンティック・バレエ」が興隆します。

ロマン主義の影響を受けて、幻想的で感傷的な物語や、妖精や魔女など超自然的な存在が登場する作品が多く、代表作としては「ジゼル」や「ラ・シルフィード」などが挙げられます。

ロマン主義については、大正ロマンのところで紹介したよ。

一方、これまで王侯貴族が資金を提供していたバレエが大衆化したということは、資金源もまた、成金の金持ちやナポレオン、甥のナポレオン3世が作り出した新たな上流階級へ移ったことを意味します。

そして当時の上流階級は舞台を芸術鑑賞の場ではなく、社交場として利用します。

一番良い席は舞台横の桟敷席。正面から踊りが見えないけど観客から一番注目を集める場所。

そうなんです。ドガの絵に映り込んだ謎の男性たちはバレリーナたちの出資者、パトロンです。女性が働ける場所の少ない当時にあって、バレエを習う少女たちは決して裕福な家庭の子女ではなく、ほとんどが労働者階級の出身でした。

ドガの「エトワールまたは舞台の踊り子」は、自分が目をつけたバレリーナが花形スターにのぼりつめたところをパトロンが自慢げに見ている絵なんです。

なんか、あまり教室に置くのに向いている絵じゃないね?

まとめ

キラキラしたバレエの世界にあこがれを抱く人には耳の痛い話になってしまいましたね。

19世紀中頃からバレエのトレンドはフランスからロシアに移っていました。フランスからロシアに招聘された振付師のマリウス・プティパとチャイコフスキーがタッグを組み「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」などの大作を次々と発表します。

一方で、落ち目のパリ・オペラ座をエドガー・ドガはどんな思いで見ていたのでしょう?

次回は、エドガー・ドガから見たパリ・オペラ座と、パリのバレエ界の凋落を決定付けたある事件を紹介するとともに、日本のある文豪とドガの共通点について紹介します。


今回紹介したドガの「エトワールまたは踊り子」のエピソードはドイツ文学者の中野京子さんの著作「怖い絵」に詳しく紹介されています。他にもいろいろな絵画の裏話が紹介されているので、ご興味をお持ちの方はご一読ください。

 


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