バレエの歴史 18世紀フランス編 -5-

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18世紀前半のところでは第1世代、第2世代のスターダンサーを4人ご紹介しました。ここでは、ノヴェールと同世代の第3世代から、その後に来る第4・第5世代までの代表的な人物を紹介します。

18世紀後半に活躍したスターダンサーと振付家たち

2代目「舞踊の神」
ガエタノ・ヴェストリス【第3世代】

イタリア生まれのガエタノ・ヴェストリスはノヴェールと同世代で、師匠のアントン・デュプレを継いで2代目「舞踊の神」と呼ばれ、パントマイム・バレエの成立に貢献したダンサーです。ノヴェールによると、優雅で気品のある踊りは師匠に劣らず、幅の広い演技力はデュプレを凌いだそうです。

パリ・オペラ座のスターダンサーにしてノヴェールのライバル
マクシミリアン・ガルテル【第4世代】

ガルテルはドイツ生まれで、ヴェストリスよりも若手のダンサーです。当時ダンサーは重いかつらや仮面を被って踊っていたのですが、ヴェストリスとガルテルが外したことで、素顔で感情を表現することができるようになりました。また、ノヴェールがパリ・オペラ座のバレエ・マスターに就任した際、もともと最有力候補だったガルテルはノヴェールに反発し、ノヴェールの退任後、パリ・オペラ座のバレエマスターに就きます。

ガエタノ・ヴェストリス
マクシミリアン・ガルデル
マリー=マドレーヌ・ギマール
Mademoiselle Guimard as Terpsichore *oil on canvas *195.5 x 120.5 cm *ca 1773-1775
「舞踊の女神」と呼ばれた才女
マリー=マドレーヌ・ギマール【第4世代】

ギマールはノヴェール、ヴェストリス、ガルテルの振付作品などで主演したスターダンサーです。ノヴェールは「手紙」でギマールの優美さと妖艶さが組み合わさった演技を絶賛しています。

また、ルソーの愛読者だった彼女は、男女格差が激しい時代に、男性ダンサーの高額な給与に意義を唱えたり、ダンサーたちの団結を促してストライキを行なったりして、フェミニズム運動の先駆者となりました。

また、自分が貧しい階層の出身であることを隠さず、多くの啓蒙思想家や貴族、聖職者をパトロンにしてスターダムにのしあがり、彼女の舞台上の着こなしがパリ中で流行したこともありました。

なんだか第2世代のカマルゴのスター性と、サレの庶民性をあわせ持ったような人だね。

3代目「舞踊の神」にして次世代の教育者
オーギュスト・ヴェストリス【第5世代】

オーギュスト・ヴェストリスはガエタノ・ヴェストリスの息子です。父と違って背は低かったのですが、回転技、跳躍技などで当代一のテクニックを披露しました。テクニックよりも演劇性を重視したノヴェールにして「ヨーロッパで最も驚異的なダンサー」と言わしめています。ノヴェールがパリ・オペラ座を去って渡英した後、オーギュストもロンドンのキングズ劇場で主役を務め、パリとロンドンのバレエ界を橋渡しします。

教育者としても優秀で、次に紹介する19世紀のロマンティックバレエの立役者たちを育てたのもオーギュストです。また、クラシックバレエの完成者、マリウス・プティパも一時期オーギュストに師事していました。

ピエール・ガルテル
フランス革命時のパリ・オペラ座の守り手
ピエール・ガルテル【第5世代】

ピエール・ガルテルはマクシミリアン・ガルテルの17歳年下の弟です。1887年、急逝した兄の後を継いでパリ・オペラ座のバレエマスターに就任しますが、そのわずか2年後にフランス革命が勃発します。国家財政の破綻は、パリ・オペラ座の経営にも及び、劇場にも市民から厳しい目が向けられます。

革命により、パリ・オペラ座のパトロンはこれまでの王侯貴族から新興の富裕層や商工業者、エリート軍人などのブルジョワジーに変化します。

ピエールはそれまでの貴族趣味な装飾的で重厚な衣装をやめ、古代ギリシヤ風のシンプルな衣装に変えてギリシャ神話を題材とした作品を上演します。さらに革命が激化すると、ピエールは革命を賛美する作品を上演します。

節操がないと言えば節操がないけど、彼のおかげでパリ・オペラ座は今日まで生き残れたとも言える。

新古典主義 -アカデミズムの復興-

ここでフランス革命期に流行したアートの流れもご紹介しておきます。17世紀に流行したバロックの劇的な明暗対比は絶対王政の権威づけに結びつき、18世紀のロココ調は甘美で装飾的な貴族文化に結びつき、批判の対象になりました。そこで復活したのが、ギリシヤ・ローマ時代の芸術のように調和のとれた様式美を重視した新古典主義です。旧体制への反発から、おかたく真面目な芸術がもてはやされたのです。

また、この時代にイタリアのポンペイで古代遺跡が発掘されて考古学ブームがあったことも新古典主義の流行に関係しています。

こうやって書くと偉そうだけど、パリ・オペラ座にギリシャ神話ものを観に来る観客のお目当ては、たくさんの薄着の女性ダンサーがニンフを演じていたからという、アカデミックとかけ離れたしょうもない側面があったことも書いておきます。

ジャン=ルイ・ダヴィッド「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」
写実的で丁寧な描写、歴史の一場面を切り取ったような知的な題材
ドミニク・アングル「ホメロス礼賛」(1827)
「アテナイの学堂」のような調和の取れた構図。ギリシャ時代でもルネサンス期でもなく、18世紀に描かれた絵です。

まとめ

5回にわたってご紹介した18世紀フランス編はこれでおしまいです。

最後に18世紀フランス編のまとめを載せておくよ。

残念ながらノヴェールが振り付けたパントマイム・バレエは、革命によって現存していません。ですが、彼の改革の遺伝子は次世代のダンサーや振付家によって継承されていきます。

来週は一旦仕事部屋に戻ります。その後、19世紀のロマンティックバレエの紹介に移りたいと思います。

 


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