幕開けの足跡 -1995-

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前回ご紹介した1985年から、時計の針を10年進めます。

今回取り上げるのは、1995年のプログラムです。

1995年、僕は18歳でした。 高校を卒業し、大学入学を目指して日々机に向かっていた「浪人生」の真っ只中。 当時の大学入試は今よりもずっと倍率が高く、7倍、8倍といった数字が当たり前の、まさに「狭き門」を潜り抜けるための戦いでした。

高校時代、それほど熱心に勉強してこなかった僕にとって、人生で一番、鉛筆を握りしめていた時期かもしれません。

僕が将来への切符を必死に掴もうとしていた一方で、1995年は日本という国そのものが、足元から大きく揺らいだ。そんな年でもありました。

1995年のおもな出来事

まずは1995年がどんな年だったのかを振り返ってみましょう。

  • 阪神・淡路大震災:戦後日本が初めて直面した都市直下型大震災。
  • 地下鉄サリン事件:オウム真理教が犯行、社会に深い衝撃を与える。
  • 円高が史上最高水準:一時1ドル79円台を記録。輸出産業が大打撃を受けデフレが加速。
  • Windows 95 発売:インターネット普及の起爆剤となり、PC時代の幕開けとなる。
  • マシュー・ボーン版『白鳥の湖』初演:男性が白鳥を演じる斬新な演出で、従来のバレエ観を根底から覆した。

1月17日の早朝に起きた阪神・淡路大震災。僕はまだ高校生でした。かつて宝塚歌劇団(月組)に所属していた僕の祖母が、兵庫にいる知人の安否を気遣って、何度も電話をかけていた姿を今でも鮮明に思い出します。

そして3月20日に起きた、地下鉄サリン事件。ちょうど卒業式のシーズンでした。僕と同じように、新しい人生の門出を迎えるはずの学生たちが被害に遭う姿をニュースで見て、とても他人事とは思えませんでした。

事件後の幹部のメディア出演、過熱した報道、実況された村井秀夫氏の刺殺、街から一斉に姿を消したゴミ箱。社会全体が、得体の知れない不安に包まれていくのを感じました。

後年、森達也監督のドキュメンタリー『A』に触れたとき、「マスコミで報道されるような『狂信的なカルト集団』ではなく、僕たちと同じような人々が、なぜあの事件に至ったのか」という問いが、より現実的な重みをもって迫ってきたのを覚えています。

震災やテロに見舞われ、人々の心に深い影が落ちていた1995年。 そんな中で開かれた執行バレエスクールの発表会。父・伸宜はプログラムの挨拶文で、どのような言葉を綴ったのでしょうか。

1995年8月5日(土)日本青年館

それでは、1995年の発表会プログラムの挨拶文を掲載します。

人生の友

執行バレエスクールでは下は4才から上は還暦を過ぎた方まで実に幅広い年齢層の方がレッスンに励んでいらっしゃいます。中には、子供クラスにいた人が受験で中断し、学校が決まり再開したバレエと共に青春時代を送り結婚と出産で再び遠ざかり、子供に手が係らなくなって又バレエに戻ってくる等という人もいらっしゃいます。その人の人生にとって常に色々の局面で係わってきたバレエという物はいったい何なのか考えてしまいます。汗を流す心地好さ、日々のストレス解消。私には何かそれだけでは無い大袈裟に言えば、人間が生きる上に必要な何かがバレエには有るのではないか、と言う気がします。その一つは自分の成長を自覚する為の物差しであり、いま一つは、何時しか到達出来るのではないか、と思える夢と同化出来る事だと思います。プロとして活躍出来るダンサーを育てるのも私どもの努めだと思っていますが、同時に、人生を共に出来るバレエという親友を作ってあげるのも大切な仕事であると感じております。

ー執行伸宜

人生の友」をタイトルにした挨拶文。

この年の発表会は、それを象徴するような作品が上演されています。

一つは、祖父・執行正俊が振付をしたオリジナル作品『ステージドア』。

過去記事でも何度か紹介したこの作品は、発表会で度々上演され、少女たちが楽しくバレエ教室に通う姿を描いています。

震災や事件で「日常」が脅かされていた1995年。この作品が上演されたことの意味を考えると、「どんなことがあっても、ここ(稽古場)には変わらない日常がある」という、教室からのメッセージだったのかもしれません。

また、この作品は、コロナ禍で発表会の中止を余儀なくされた2020年の翌年、2021年の発表会でも再演されました。

そしてもう一つは『卒業記念舞踏会』。 寄宿学校の卒業パーティーを描いたこの作品は、まさに「門出」の物語です。 サリン事件によって、多くの若者の門出が恐怖に塗り替えられてしまったあの春。それでも舞台の上では、希望に満ちた華やかなワルツが踊られていました。 現実がどれほど残酷でも、舞台の上だけは「あるべき青春の姿」が描かれていました。

実際のところ、父がどこまで意識的にこれらの作品を選んだのかは分からない。だけど、震災やテロの影響がまったくなかったかというと、そんなことはないと思う。それくらい僕たちの日常を揺るがす、とても大きな出来事だった。

まとめ

社会学者の宮台真司氏は、当時の社会を「終わりなき日常」と呼びました。 高度成長が終わり、輝かしい未来も、劇的な破滅もやってこない。ただ「今日と同じ明日」が延々と続く世界。そんな閉塞感の中で、オウム真理教は「ハルマゲドン」という劇的な「外部の物語」を提供し、退屈な日常に耐えられない若者たちを惹きつけました。

この出来事は、不況の真っ只中、デジタル社会が幕を開け、家族やコミュニティのあり方が変容する時代を生きる、若者たちの悲鳴だったのかもしれません。

そんな時代に、父は「バレエは自分の成長を自覚するための物差し」だと言いました。

これは、カルトが求めたものとは正反対の思想です。 外部の劇的な物語に救いを求めるのではなく、日々のレッスンという「反復される日常」の中にこそ、自分を確かめる基準(物差し)がある。 昨日より少し足が上がった。今日は回転がブレなかった。 そんな、他人には見えない小さな「日常の変化」を積み重ねることこそが、揺らぐ社会の中で自分を見失わずに生きるための、唯一の方法なのかもしれません。

受験や就職、結婚で一度は離れても、戻ってくればいつも変わらない場所。そこでは、「あの頃の自分」と「今の自分」を測り直すことができる。 バレエという「親友」を持つこと。

それは、終わりのない日常を、絶望ではなく希望を持って生き抜くための処方箋なのかもしれません。


 


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