久しぶりの「幕開けの足跡」シリーズの更新になります。
今回は、今年の執行バレエスクールの発表会で上演される《コッペリア》に関連して、1982年の発表会プログラムに掲載された祖父の挨拶文をご紹介したいと思います。

この年の前に、執行バレエスクールで《コッペリア》を全幕上演したのは、すでにご紹介した1973年です。約9年ぶりの再演となったこの発表会では、祖父がどのような思いを込めて挨拶文を書いたのか、当時の時代背景とともに振り返ってみたいと思います。
1982年のおもな出来事
まずは1982年がどんな年だったのかを振り返ってみましょう。
- フォークランド紛争:アルゼンチンとイギリスがフォークランド諸島をめぐって武力衝突
- レバノン侵攻:イスラエルがレバノンに侵攻し、中東情勢が緊迫化
- ブレジネフ書記長死去:ソ連の最高指導者レオニード・ブレジネフが死去
- 東北・上越新幹線開業:上野~大宮間・大宮~新潟間が開業
- テレホンカード発売開始:NTTがテレホンカードの販売を開始
- 日航機羽田沖墜落事故:日本航空350便が羽田空港沖に墜落
- ローザンヌ国際バレエコンクール:森下洋子が審査員を務める

1982年は前年の米国レーガン大統領就任からの軍拡と、軍縮路線だったブレジネフ書記長の死去により冷戦の緊張が高まり、フォークランド紛争やレバノン侵攻など、世界各地で紛争が勃発した年だった。日本国内では、新幹線の開業やテレホンカードの発売など、技術革新と社会の変化が進んだ時代でもあった。
バレエの世界では、ローザンヌ国際バレエコンクールで森下洋子さんが審査員を務めたことを挙げたけど、このコンクルールがはじまったのが、《コッペリア》を前回発表会で上演した1973年。この9年間に、日本のバレエの国際的な地位が大きく向上したことがうかがえる。
1982年7月25日(日)東京厚生年金会館 大ホール
それでは、1982年の発表会プログラムの挨拶文を掲載します。
「心は常に豊かなれ」
昨年はくるみ割りを上演して早や1年、今年は矢張り全幕でコッペリアを再演する。
この様に会を重ねる毎に私も年とったなあと思う様になった。殊に昨年は熟章項いたり本を出版したりで、何だか人生に1段落した様で淋しくなる。これじゃ駄目だと生甲斐ある仕事を求めて努力する事にした。だが実際はあれ以来今迄より世間的に忙しくなった。亦急に諸外国の人達とも交際する機会も多くなった。若い頃は懸命に己れの芸術の成功だけを願ったが、最近は自分よりも若い人達の世界に通じる芸術を育てる、お手伝いをしたいと思う様になった。若いバレリーナの皆さん、自分の体で踊れる事は最も幸せだと思わねばならぬ。昨年秋、身障者の病院を慰問した時、患者の皆さんから貴方達のトゥシューズや衣裳を手にして涙し喜こんだ姿を思い出す。最近体は健康でも非行に走る青少年が増えている事は日本だけでなく世界的な傾向で、この8月下旬ストックホルムでユネスコ主催の国際舞踊会議が行われる。テーマはこの非行性を舞踊教育で如何に矯正するかの会議である。これは私の著書にもふれた幼児から成長期にリトミック教育やバウハウスで行われた、構成教育や形態心理学の応用で即興的創作訓練で指導する事である。とにかく世界は物騒になっている。私達は世界中で手をつないで平和に暮したい。最後に、身は如何に貧しくても、心は常に豊かなれのことばをおくって筆をおく。
ー執行正俊
この年の前年、祖父はライムライトの図書館の原典となった「華麗なる輪舞」(絶版)を出版します。これまでの自分の人生の総括を一旦終え、後進の若者たちが生きる社会に目を向けて、芸術の社会的意義を考えていたことが文章からうかがえます。
《コッペリア》について
ここで《コッペリア》をご存じない方のために、あらすじを簡単にご紹介します。
老人コッペリウスが作った美しい人形コッペリアに恋をした青年フランツ。彼の恋人スワニルダは嫉妬心から人形を壊そうとコッペリウスの家に忍び込む。そこでコッペリアが人形だと知ったスワニルダは、人形に成りすましてコッペリウスを騙し、最後はフランツと仲直りして結婚する。
あらすじを読んでわかる通り、《コッペリア》は喜劇です。
原作のホフマンの「砂男」は人形に恋した男の狂気を描いたホラーですが、バレエでは19世紀のフランスで大流行したロマンティックバレエの代表作としてコッペリア、フランツ、スワニルダの三角関係に主眼を置いた、陽気で明るい作品になっています。
まとめ
《コッペリア》が生まれたのは1870年、普仏戦争が勃発した激動の年でした。人々が不安を抱える時代に、愛と和解の物語として誕生したこの作品は、その後150年以上にわたって世界中で上演され続けています。
また、祖父の挨拶文にも「世界は物騒になっている」とありますが、1982年は冷戦という外的要素と、社会のあり方、家族のあり方という内的価値観が激しく変化する中、青少年の非行が国際的な課題となっていました。
現代においても、世界情勢の不安定さと社会の分断は続いています。
この夏の発表会で上演される《コッペリア》は、みなさんにどう響くのでしょうか?
最後までお読みいただき、有難うございます!
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